Legalization of Gay Marriage in Japan

『日本における同性結婚合法化の障壁』(Legalization of Gay Marriage in Japan)

私は本稿において、日本における同性結婚導入の障壁を検討考察する。まず、本来の結婚の意味について瞥見したうえで、日本での改憲をめぐった議論を考察し、日本の同性愛者たちにとっての同性結婚への見解を考察する。さらに他の角度から、なぜ海外では度々同性結婚に関する議論が巻き起こるのかを考察する。

世界はゆっくりと、しかし着実に同性結婚の合法化へ舵をとりつつある。 オバマ米国大統領が大統領選で同性結婚を支持すると表明したのも記憶に新しい。この模様は、歴代米国大統領初の同性結婚支持として、また選挙の勝敗を分かつ決定的な発言の一つとして、日本でも大々的に報道された。一方、 ベトナムがアジア初の同性結婚承認へ向かうのではないかと憶測が飛び交っている。それまで同性愛者を社会悪として扱ってきた共産党の姿勢が一転、昨年7月にメディアに登場した法務大臣が「同性愛は正常なことであり、権利を守られなければならない」と主張、さらに結婚・家族法の修正案を国会へ提出する方針であることを明らかにした。日本でも同性カップルの法的保護を期待させるような調査結果がある。ウォール・ストリート・ジャーナル日本版は、オバマ米国大統領の同性結婚支持の表明を受け、ウェブ上にて同性結婚の支持・不支持を問う調査を実施した。結果は驚くべきことに、88%が同性結婚を「支持」しているというものであった。この結果が、実際の民意をどれほど反映しているものなのかは、回答者の層が不明瞭であり調査方法がやや限定的であることから、いささか疑問の余地があるが、世界的に同性結婚に対して寛容な姿勢を示す機運が高まってきていることは間違いないようだ。

ところが、こうした世界的な変化に対して、日本は同性結婚制度の導入に対して具体的なアクションを未だ見せずにいる。先進諸国で見られる同性結婚を巡った法改正のような動きが日本では見られず、セクシャル・マイノリティへの理解も十分とは言えない。1  昨年、東京都内で開催された同性愛者の権利を主張するパレード「東京レインボープライド」では、約2500人がパレードに参列し、総勢4500人を動員する盛況ぶりであったにも関わらず、一部のニュースサイトが取り上げるのみで、主要マスメディアに報じられることはなかった。そして特筆すべきなのは、当の日本の同性愛者達も、同性結婚を含めた同性愛者の権利を主張する働きかけやその人に対する目は冷ややかなようだ。私はこのような時局に鑑みて、日本における同性結婚の合法化にはいくつもの障壁があると考える。

1. 結婚とは

まず、同性結婚について考察するにあたって、結婚が歴史的にどのように変化し、今日どのような社会的意味を持っているのかを瞥見する。言うまでもなく、男女の結びつきは人類登場以来のものであるが、今日我々が考えるような「愛情の結びつき」は必ずしも普遍的なものではない。古来〜平安時代の日本では夫婦別姓で、夫が妻の家に通う「通い婚」と呼ばれる制度が一般的であった。しかし、鎌倉時代になると母系型家族が崩れていき、家父長制の成立に伴い、妻が夫の家に嫁入りするようになった。特権階級の間では、結婚は私権闘争の方法として使われることもあった。やがて、明治時代になって初めて結婚制度が制定され、そこではキリスト教思想を元にした一夫一婦制が導入される一方で、キリスト教への反発から儒教的な「家」制度を明文化されている。家族とは「経済の単位」であり、結婚はその形成というのが位置づけられている。近年、結婚をめぐったライフスタイルの多様化が叫ばれて久しい。先進諸国では、とりわけ女性の社会進出などの要因により、未婚率や離婚率が上昇し、従来の結婚や家族に対する価値観の崩壊してきている。夫婦別姓や結婚をせずにパートナーとして同居しているのみのカップルも少なくない。すべての人に平等な権利を与えられるべきであるとの立場に立てば、同性愛者にも異性愛者と同様の権利を与えて然るべしであろう。

2. 日本の同性結婚合法化の争点

次に、日本の同性結婚をめぐった議論・その現状について考察していく。日本における同性結婚導入の争点の一つは、日本国憲法の条文への解釈である。憲法第24条にて、結婚は次のように明記されている。「婚姻は、両性の合意のみに基いて成立し、夫婦が同等の権利を有することを基本として、相互の協力により、維持されなければならない。」この「両性」をどうとらえるかこそが最大の争点である。ある人は、この「両性」を、必ずしも男女でなくても、「男性と男性」「女性と女性」「男性と女性」といった解釈も可能であると主張する。また、 同性間の結婚を禁止するということは明文化されていないという点も考慮すべきである。しかし、一方で「両性」を文字通りに捉えた場合、同性結婚を合法化するには改憲が必要である。日本国憲法は1947年に施行されて以降、天皇の地位や外交、軍事等様々な改憲案が噴出した際にでさえ、一度も改正されたことがない。喫緊の課題と呼ぶにはふさわしくない同性結婚を理由とした改憲は易しいものではないと言えよう。

しかしながら、幸いにして、日本の法律には同性愛行為そのものを禁じる条文は存在しない。現在もなお世界195カ国中70カ国(2010年)では同性愛行為を禁じる「ソドミー法」が適用されている。少し歴史を振り返ってみると、日本では「同性愛行為」が公然と行われており、それが異端視されるようになったのは明治時代に西洋の価値観が日本へ流入してからのことであるため、日本には本質的に同性愛に寛容な気質が根付いているためと捉えることができるかもしれない。

3. 日本の同性愛者とゲイリブ

しかしながら、 仄聞するところによると、当の同性愛者達は同性愛者の権利獲得への取り組みに対してあまり歓迎していないそうだ。同性愛者の社会的な差別や抑圧から解放しようとする取り組みや取り組む人々を意味する「ゲイリブ」という用語は、日本の同性愛者の間で人口に膾炙しているが、しばしば否定的な文脈で使われる。公に同性愛者であることをカミングアウトしている政治家も「ゲイリブ」として引き合いに出されることが多い。私はこれを日本人の「出る杭は打たれる」という気質に起因するものというような短絡的な議論に収斂させるつもりはないが、ウェブ上での叩かれぶりは目を疑うほどである。ウェブ上のゲイリブ批判の記事を参照するうち、ゲイリブの活動に関して批判されている点の多くは以下にまとめられると、私は考える。1. 同性愛者の権利を主張するあまり、異性愛者の権利を踏みにじっている恐れがあるということ。2. そもそも彼らが掲げている問題は、同性愛者迫害に起因するものではないのに、同性愛者の問題に結びつけているということ。私はここでその是非について語るつもりはない。言うまでもなく、政治家は選挙こそが大事であり、一人でも多くの有権者の支持を獲得することによって公約を実現することが可能となる。ただでさえ母数の少ない同性愛者達が、彼らの権利獲得への関心を示すどころか、政治家を攻撃対象としていることからも、近い将来に同性愛者に法的な権利を与える動きを見せることは非常に困難とも読み取ることができる。実際に、同性愛者の権利を掲げ、参議院・衆議院議員に立候補している尾辻かな子氏数回に渡って落選していることからもそれは明らかである。

それほどに同性愛者達は、例えば同性結婚のような異性愛者達の持つ権利に興味関心を示していないのか。善積(2000)は、同性結婚やパートナーシップをめぐって、男性同性愛者は「乱交志向」があり、女性同性愛者は「カップル関係重視」 であると位置づけている。 善積は自身の行った調査に基づいて、男性同性愛者の多くは、精神的な結びつきを必要としているが、できるだけ多くの男性と性的に交じりたいと考えていると示している。中には、たとえパートナーがいても、それは精神的な結びつきのみであり、性的な「処理」は他で行っているという人もいる。一方、女性同性愛者は、性的な側面よりも精神的な結びつきを大きく重視する傾向にあるという。もちろんこれが全ての同性愛者に当てはまるとは言い難い。しかし、女性同性愛者の数は、男性同性愛者の数の10分の1とも言われており、同性結婚の権利を欲している同性愛者の数が絶対的に少ないということが同性結婚を遠ざけていると見ることができる。

補足になるが、一部の日本の同性愛者は養子縁組という方法により、法的に家族としてパートナーを迎えるという方法を採っていると言われている。それを明確に示すデータは存在しないが、ある一定の同性愛者のカップルがこの方法で家族となっていることが予想される。最近では、美輪明宏が長年連れ添った60代の男性を養子にしていたことが明らかになった。美輪の思惑として、彼と「家族」になるためというよりは、美輪の年齢を考慮し、財産相続・医療などの意思決定のための処置であったとも予想されている。

それでは、なぜ一部の国では同性結婚が度々俎上に乗るのか。私は、同性愛者をめぐった事件や出来事が社会的理解につながり、ひいては法にも影響を与えているのではないかと考える。米国の例をとってみよう。昨年の大統領選挙でも同性結婚を認めるか認めまいかが争点の一つとなっていた。オバマ大統領が同性愛者を支持する意向を示したことが、選挙の結果に大きく影響したとも言われる。近年のアメリカの歴史を参照してみれば、多くの同性愛者をめぐった社会的影響力の大きな事件が起こっていることがわかる。70年代のゲイ・ムーブメント、80年代のエイズ・パニックがその例である。特にエイズ・パニックは、同性カップルの法的保護が必要と考える機運が高まる要因の一つであると言われている。アメリカ国内の男性同性愛者達の間でエイズが蔓延し、若くして命を落とす者が出た。その際に、パートナーに他に財産相続や医療措置の権利が与えられていないことについて、同性愛者達からの不満が噴出し、同性愛者にも異性愛者と同様の権利が与えられるべきであると運動が起こったことに起因する。米国の場合、こうした一連の事件が、同性愛者にまつわる認識が社会に大きく広がり、同性愛者に権利を与えるということにつながってきたのではなかろうか。翻って、これまでの我が国の現状を見てみると、同性愛者をめぐって社会に広く影響を与えたことはごく僅かであり、ニューハーフ、オネエタレントやボーイズラブ小説のような現実からやや離れたものとして扱われることが多い。同性愛者をめぐった問題が、我々の日常に身近で、現実的なトピックとして扱われるようになることによってこそ、日本の同性愛者に権利を与える端緒が開けるのではないかと、私は考える。

4. 最後に

同性愛者がより暮らしやすい世の中に変えたい、異性愛者と同様の権利が与えられるべきだとの思いで、調査研究を行ってきた。今回いくつかの観点から日本における同性結婚の障壁について調査結果を示したが、必ずしも日本が同性結婚に関心を示さない様子を歴史的に説明できたわけではないと認識している。今後はより歴史的な観点から日本の同性愛の歴史を俯瞰し、同性愛者暮らしやすい世の中・幸せな人生は何かを具体的な事例から調査しつつさらに研究を進めていければと考えている。

注訳:

1 ただし、2009年3月より同性結婚が認められている海外の特定の国で日本人と外国人が結婚することが実質可能になっている。法務省が、日本人が海外で結婚する際に発行が必要な「婚姻要件具備証明書」から性別の項目を削除し、性別に関係なく結婚できるようにしたためである。

2 近年は同性愛は選択的なものではなく、先天的な要因によるものだという見解が一般的である。

参考文献:

善積京子(2000)『結婚とパートナー関係:問い直される夫婦』 pp.104-125、ミネルヴァ書房

関修・志田哲之(2009)『挑発するセクシャリティ』pp.133-165、新泉社

「海外での同性婚可能に 法務省が新証明書発行へ」<http://www.47news.jp/CN/200903/CN2009032601001106.html> (2013/1/25閲覧)

「アジアで同性婚ラッシュ “社会悪”から激変…初の合法化国に注目」<http://sankei.jp.msn.com/world/news/120815/asi12081515410002-n2.htm> (2013/1/20閲覧)

「同性婚認めるベトナムの波紋」<http://www.sankeibiz.jp/compliance/news/120802/cpd1208020504003-n1.htm> (2013/1/20閲覧)

「同性婚についての読者投票を終えて」<http://realtime.wsj.com/japan/2012/05/18/%E5%90%8C%E6%80%A7%E5%A9%9A%E3%81%AB%E3%81%A4%E3%81%84%E3%81%A6%E3%81%AE%E8%AA%AD%E8%80%85%E6%8A%95%E7%A5%A8%E3%82%92%E7%B5%82%E3%81%88%E3%81%A6/> (2013/1/20閲覧)

「日本国憲法」<http://www.houko.com/00/01/S21/000.htm> (2013/1/20閲覧)

By Mits; Posted on Feb 1 2013

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